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二一  牢獄のイエズス



 カイファの法廷の地下にあるイエズスの牢獄は小さな円形の洞穴であった。わたしはその一部分が今でもなお残っているのを見た。四人の獄吏の中でただ二人だけが主について行った。かれらは短時間でくり返し交代していた。かれらは主にまだ上着をお返ししていなかった。主はただ汚い愚弄のマントを着せられ、両手は縛られていた。

 主はこの牢に入れられるや、天のおん父に今までこうむられ、またこうむるべき虐待や嘲弄を、主の下手人やまた苦しみに際し不忍耐と怒りのために罪を犯すであろうすべての人々の贖罪の犠牲として、うけ入れたもうよう祈られた。

 ここでもまた下手人は主に片時の休息も与えなかった。主を洞穴の真ん中にある低い柱に縛りつけ、よりかかることすら許さなかった。そのため、主は疲れ切った足をもって、やっと立っていなければならなかった。主の足は何度も打ち倒れたため、また膝まで垂れている鎖の打撃で傷つきふくれ上がっていた。監視の者は主を愚弄し虐待を加えることをやめなかった。一人が疲れるとすぐ他の者が交代して新しいいたずらを始めるのだった。

 かれらが最も純にして最も真なるお方に対してしたいたずらごとを、すべてくりかえし語ることはわたしにはとても出来ない。わたしは同情からほとんど病気になり死なんばかりであった。ああ!主がわたしたちのためにこうむられた無数の無礼を、苦しみに対する弱さと嫌悪のためわれわれが一度だけでも語り、また聞くことが出来ぬということはわれわれにとって何と恥ずべきことであろうか。そうすることは殺害者が虐殺した者の傷に手を触れなければならない時のような恐れを感ずるのだ。イエズスはその口を少しも開かれることなくすべてを忍ばれた。おのが兄弟、おのが救い主、おのが神に対し荒れ狂っている罪びとなる人間がそこにいた。わたしもまた哀れな罪びとであり、わたしのためにもまた主はこのすべての苦難に会われた。審判の時初めてすべてが明らかになるだろう。その時、われわれが常に犯している罪によって、この神のおん子の虐待に加わったということが明らかになるだろう。その罪は悪魔のような人々のイエズスにしかける無法に絶えず同調し、かつ援助しているということを意味する。ああ!もしわれわれがじっくりこのことを考えたならば、多くの痛悔の祈りに出てくる「主よ、再び罪をもっておんみにそむかんよりは、むしろわたしを死なしめたまえ。」というあの言葉を前よりも遙かに強い真剣さをもって唱えるようになるであろう。

 この牢獄で主は立ったまま、下手人のために祈り続けられた。最後にかれらが疲れ、少し静かになった時、わたしはイエズスが円柱に寄りかかられ、全身光に包まれておられるのを見た。かくして朝になった。主の果てしなき苦しみの一夜はかくして明けた。われわれの救いの日は獄舎の壁の上の窓を通って、世のすべての罪を引き受けられたわが聖なる虐げられし過越しの羊の上に忍びやかにまばたきを始めた。イエズスは今や明けんとしつつあるこの日に向かい、縛られたままの手を差し伸べられ、非常に感動的な祈りを声高らかにはっきりと天のおん父に向かい唱えられた。太祖たちがすでにあこがれ、また主ご自身もこの世に降誕以来「わたしは洗礼を持って洗せられなければならぬのだ。わたしはその成就をいかに激しく望んでいることであろうか。」と祈りながら、待ちかねておられた今日この日を感謝したもうた。またわが主はその一生の目的を全うされるこの日を - 天国を開き地獄を征服し人類に祝福の源を開き、おん父の意志を全うすべきこの日を、いかに感謝されたことであろう。

 この夜のあらゆる戦慄すべき騒ぎも果てた後に、イエズスが狭い牢獄の柱に寄りかかって、輝きつつ立たれ、偉大なる犠牲の日の最初の光に喜ばしき挨拶をされている光景は、全く言葉に尽くしがたいほど、悲しくも愛にみち、荘厳かつ神聖なものであった。ああ!それはあたかも死刑執行人が獄舎にいる宣告を下された者の所に所に、あらかじめ和解するために訪れるように、この「日」も主を訪れた。そして主はこの「日」に心から感謝された。疲れてまどろんでいた獄吏たちは唖然と見上げた。かれらは敢えて主を妨げはしなかった。むしろかれらは驚き、恐れているようであった。

 イエズスが牢獄にこうしておられる間、ユダはサタンから追い立てられ、自暴自虐になったもののように、エルサレム南面の険しい所をさまよい歩いていた。次いでかれは裁判所に来た。かれは裏切りの代価の銀貨三十枚をまだその帯の下に下げていた。そのころ、そこはすでに静寂に帰っていたが、かれは人目を忍んで番人にガリラヤ人はどうしているかを尋ねると、かれらは答えた。「あいつは死刑を宣告され、磔刑にされることになったのさ。」ユダはまた主がいかにむごく取り扱われ、そしてそれを主がいかにお忍びになったかを、他の者らが話し合っているのを聞いた。人々がイエズスは夜が明けてから、もう一度議員たちの前に引き出され、正式に裁判されるのだと言っているのを聞いた。裏切り者は裏切った主についての情報をいろいろ集めた。夜はすでに明るみ初め、裁判所の周囲はあらゆる者が活動し始めた。ユダはあたかもカインのように人目を避けた。そして館の裏の方へ逃げた。かれの心は絶望にうずいていた。すると、計らずもちょうど十字架を作っている所に出てしまった。十字架の各部分がきれいに整頓されて置いてあるかたわらで、職人らはおおいをかぶって寝ていた。空はすでにオリーブ山の上に白み初めていた。かれは拷問の道具を見た時のように戦慄した。恐ろしさのあまりに逃げた。かれは師の死刑台を見た。その死刑台へ自分は師を売ったのだ。しかしかれはその付近に隠れて次の裁判の結果を待った。




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